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広島地方裁判所 昭和50年(ヨ)363号 決定 1976年7月26日

申請人 藤田譲

<ほか一二七名>

右代理人弁護士 外山佳昌

右同 鶴敍

右同 佐々木猛也

右同 島方時夫

被申請人 広島硝子工業株式会社

右代表者代表取締役 松野稔

右代理人弁護士 加藤公敏

右同 江島晴夫

主文

被申請人は申請人らを被申請人の従業員として仮に取扱え。

被申請人は申請人らに対し、昭和五一年七月一日以降毎月二八日限り別紙賃金表記載の各金員を仮に支払え。

申請人らのその余の申請をいずれも却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

申請人らの申請の趣旨及び理由は別紙記載のとおりであり、被申請人は「本件申請をいずれも却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との裁判を求めた。

理由

一  当事者及び本件解雇(当事者間に争いのない事実)

被申請会社は、ガラス壜容器等のガラス製品の製造及び販売を主たる業務とする株式会社であって、肩書地に本社及び広島工場を、大阪府高槻市に大阪工場を有するものであり、申請人らはいずれも被申請会社の従業員で、同広島工場に勤務し、被申請会社従業員で組織する広島硝子労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。

被申請会社は、昭和五〇年八月一三日付解雇通知書により別紙申請人目録記載の番号一及び三ないし一〇〇の申請人らに対し、また同月二三日付解雇通知書により同目録記載の番号二及び一〇一ないし一二八の申請人らに対し、いずれも同月三一日付をもって解雇する旨の意思表示をした。

その理由は要するに、経済界の不況によりガラス壜等の需要が急激に落ち込み、赤字累積によっ倒産必至の業況にあり、企業の存続をはかるためには広島工場を全面閉鎖し、申請人ら同工場従業員に対し人員整理を行うほかないというものである。

二  本件解雇の効力

(一)  労働協約違反の主張について

疎明及び審尋の結果によれば、被申請会社と組合とは昭和三〇年一二月一日付で申請人主張の内容の労働協約(以下本件協約という)を締結したが、同協約第三一条によれば有効期間を昭和三一年三月三一日までと定めており、このように有効期間が僅か四ヵ月の短期であるのは右締結の当時従前の協約を廃し新協約を締結すべく労使間で交渉段階にあり、新協約締結までの間、旧協約に一部改訂を加えて暫定的に本件協約が締結されたためであること、その後新協約が締結されないまま労使間の運営は部分協約の締結によって処理され現在に至っていること、以上の事実が一応認められる。

右事実に照せば本件協約の効力が昭和三一年三月三一日の経過後も当然に存続する旨の合意が締結当事者間に存在したとは認められず、本件協約はその有効期間である昭和三一年三月三一日を経過することにより失効したものと解することができる。

従って本件解雇は労働協約に違反するものではない。

(二)  就業規則違反の主張について

本件解雇は申請人らが主張するごとく被申請会社就業規則の解雇に関し規定する第六一条第六四条のいずれの解雇事由にも該当しないが、そもそも使用者として経営が危殆に瀕した場合、倒産を回避し企業の存続をはかるため減産がやむをえないものであるならば、これに基く余剰人員を整理することは、企業経営権の発現として本来的に認められるべきものであって、就業規則等の定めによるまでもなく解雇権を行使しうると解するのが相当であるから、本件において、整理解雇の必要性が真に存したか否かの点はさておき、就業規則に定められた解雇事由に該らないことをもって直ちに本件解雇を無効とすべきでない。

(三)  不当労働行為の主張について

疎明及び審尋の結果によれば、組合は総評化学同盟全日本硝子製壜労働組合(全硝労という)の構成員であり、しかも全硝労のうちでは最大の組織を有し、またかねて活発な組合活動を続けてきたものであることが認められるが未だ本件解雇が申請人らの組合活動を嫌悪してなされたものと認めるに足る疎明はなく、不当労働行為と断定することはできない。

(四)  解雇権の濫用ないし信義則違反の主張について

解雇は労働者の生活の根拠を剥奪するものであって殊に本件のごとき不況下における整理解雇は、労働者側に責めらるべき事由なくして使用者側から一方的になされるものであること、また不況下であるだけに再就職が容易でなく、高齢者の場合には尚更困難を伴うことなどの事情に鑑みるとき、整理解雇を実施する使用者に対しては解雇権の行使が労使間における信義誠実の原則に適うべきことを当然期待しうべきことであってこれに反する解雇権の行使は、無効と解することができる。

当裁判所は整理解雇を有効とする要件としてまず企業に長期的な経営不振が持続し、倒産を回避して企業の存続をはかるためには合理化特に人員整理が必要やむを得ざるものであること、つぎに、使用者が解雇に先だち労働者ないし労働組合に対し経営不振の内容を具体的に説明し、人員整理の必要その規模等につき了承を得べく真摯な努力をなしたこと又そのためには配置転換等によって整理必要人員の吸収を計りできるかぎり労働者側の犠牲を少なくする努力を払ったことを要すると解するものであるがこれを本件についてみるに疎明及び審尋の結果によれば被申請会社は本件解雇当時いわゆる石油ショック以来の経済不況に直面してガラス壜の需要が低下し、更に多角経営を目ざして開設した石材部門も行き詰まり、経営状態が逼迫していたことは一応認められるものの広島工場閉鎖並びにこれに伴う大量の申請人らに対する整理解雇が真に必要やむをえなかったものであったかについては更に詳細な検討を要するものと考えるがこの点についての判断は措いて本件解雇が前記後者の要件を充足するといえるか否かについて判断する。

疎明及び審尋の結果によれば本件解雇に至るまでの事情として次の事実が一応認められる。

被申請会社は昭和二一年八月会社設立後、同二六年本社、広島工場を肩書地に移転し、同三八年関西地区への企業進出を企て大阪府高槻市に大阪工場を新設し、同四一年以降ガラス壜業界において生産量が第二位にある山村硝子株式会社と業務提携を強めるなどして事業の拡大をはかってきたが右経営状態の逼迫により同四九年一二月八日組合に対し広島工場について一時帰休を実施したい旨の申入れをなしたが、組合は一時帰休が広島工場の全面閉鎖につながることをおそれ、実施に関し二〇数回にわたり労使間の交渉がなされた結果被申請会社において秋口には広島工場を再開すると明言したこともあって組合は右実施を受け入れ、同五〇年二月二一日から大阪工場への一部出向者等を除き一斉一時帰休に入った。帰休期間は当初同年五月三一日までの予定であったが、五月九日になって被申請会社は組合に一時帰休を更に三ヶ月(すなわち八月三一日まで)延長する旨申入れ、組合もこれを了承するとともに、工場再開が若干遅れることはやむを得ないにしても再開時期を明らかにするよう被申請会社に求めたが、被申請会社は確答を避け、目下検討中であるとの態度に終始した。

その後被申請会社は組合執行部との間の賃上げ交渉等の機会に広島工場を閉鎖する方針であることを示唆する発言をしたことがあったが同年七月一二日に至り遂に広島工場の閉鎖、同工場の従業員を中心として三一五名の人員削減を内容とする再建提案書と題する書面を組合に提示するに至った。これに対し組合は、七月一四日全員集会を開催して「工場閉鎖、全員解雇反対」の決議をなし、その後七月一八日、二四日、三〇日、八月四日の四回にわたり使用者側と団体交渉をなしたが、右交渉において組合は、被申請会社が広島工場閉鎖を既定方針とする限りにおいては交渉に応ずる余地はないとして反発し、これに対し被申請会社もすでに再考の余地がないという強硬な姿勢をとったため両者の主張は平行線をたどり、この間に被申請会社が七月二四日付で組合に附加説明書を提示した程度で、被申請会社は八月一三日、二三日の二回にわたって申請人らを含む合計二三六名の広島工場従業員に対し指名解雇をした。

そして右再建提案書と附加説明書の内容は昭和五〇ないし五一年度における同社製品の予測販売量を示し、これを前提として広島工場を全面操業させた場合、同工場を縮少して操業させた場合および同工場を全面閉鎮した場合の各予想損益額を示し、右前二者とも多額の損失を免れない旨示したものであって、その根拠となる具体的な経理資料等を示したものではない。

以上の事実が一応認められ右認定に反する疎明はない。

右認定事実に基づき検討するに、被申請会社が広島工場閉鎖、人員整理の必要性について組合に対して示した説明は客観的裏付があるものではなくこれをもって直ちに申請人らに対し、広島工場閉鎖の必要性を了解すべきことを求めるのは無理といわねばならない。

もっとも被申請会社が申請人らに対し会社の経理資料を開陳して具体的な説明をしなかったのは申請人らにおいて広島工場閉鎖撤回を固執主張して工場閉鎖の必要性に関する説明を聞く姿勢でなく、従って被申請会社が右説明をなしえなかったことも考慮しなければならないが前記疎明等によれば申請人らは殆んどが広島近辺の出身で被申請会社に雇傭されて以来平均約一五年位の勤務実績を有し被申請会社の業況を体感しているものであって経営が逼迫しているとはいえ昭和四九年九月の決算においてなお相当額の利益を計上して配当していること、またガラス壜業界の不況が進んだ昭和五〇年の段階でも同業の企業で主要工場の全面閉鎖という措置をとったものがないことを認識し又被申請会社自ら組合に対して前認定のように一時帰休実施の際秋口再開を明言していたことであるから、申請人らが被申請会社の前記の説明程度で広島工場を閉鎖し人員を整理する必要性を納得できずこれに反発したことは当然ともいえることであって、被申請会社としても申請人らの切実な要望に理解を示し、経営方針の決定として広島工場閉鎖、人員整理による会社再建案を提示することはよいとしても組合側主張の広島工場を今後も操業し人員整理による合理化をもしないで果して会社経営が成り立ってゆけるか否かにつき組合においても検討させる機会を与えるためにもなお誠実な交渉説得を要するものと認められ、この間にたとえ広島工場の閉鎖がやむをえないとされる場合にも大阪工場への配置転換による人員整理の回避他企業への就職あっせん、希望退職の条件決定等、組合並びに申請人らに対する犠牲を緩和する措置がより広範に実施されうる途が開けると判断するものである。

その他本件に関し解雇通知が一時帰休実施中になされ申請人らが会社方針を充分検討し会社再建についての建設的な意見を上申するに適しない時期であったと認められること又一時帰休実施前においては労使間に二〇数回の団体交渉がもたれているのに解雇に際しては数回の形式的な交渉に過ぎなかったと認められることに徴し被申請会社が長年勤続の申請人らに対し大量整理解雇を実施するについて信義則上要請される使用者の義務を十分果したとは認められない。よって本件解雇は解雇権の行使が信義則に違反するものとして無効と解すべきものである。

三  保全の必要性

申請人らは賃金以外の点でも被申請会社の従業員として本来有すべき権利、利益を害されているものと認められるから、その地位を保全すべき必要性を肯定することができ、また賃金仮払の申請については、申請人らが本件解雇当時毎月二八日限り各々別紙賃金表記載のとおりの額の賃金を受け得べきであったことは当事者間に争いがなく、これによる賃金請求権を有しているものというべきところ、その仮払の必要性の程度については労使双方の事情を考量して右金額を昭和五一年七月一日以降に限り支払いを命ずることとする。

四  結論

よって、本件仮処分申請中主文一、二項の限度で理由があるので保証を立てさせないでこれを認容し、その余の部分は却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 田辺博介 裁判官 平湯真人 田中澄夫)

<以下省略>

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